研究No.016
施術を終えて長野へ帰ってきた土曜日。
家に着いた頃には夜になっていました。
食欲は普通にありましたが、食事を終えるとすぐ横になります。
脇には保冷剤。
痛みを少しでも和らげるため、ひたすら冷やし続けました。
鎮痛剤も飲みましたが、私にはあまり効いている感じはありませんでした。
それでも、我慢できないほどの痛みではありません。
ズキズキと火傷のような痛みはありましたが、「寝られない」というほどではなく、保冷剤のおかげで何とか過ごせていました。
眠るときも、脇には保冷剤
その日の夜は、仰向けで眠りました。
寝返りを打つのも少し怖く、脇には保冷剤を挟んだまま。
まるで「気をつけ」の姿勢で寝ていたような気がします。
翌朝起きても、脇はまだ腫れていました。
内出血なのか、少し紫色になっていた部分もあり、触るとボコボコしている感覚もありました。
腕は日常生活ができる程度には動きます。
洗顔もシャンプーも問題ありません。
でも、大きく腕を上げることだけは、まだ少し怖かったのを覚えています。
日曜日は、何もしない一日
施術翌日は、ほとんど横になって過ごしました。
映画を見るわけでもなく。
ゲームをするわけでもなく。
ただ静かに横になり、保冷剤で脇を冷やし続けます。
今思えば、少し退屈な一日だったかもしれません。
でも、不思議と気持ちは前向きでした。
「やっとミラドライを受けられた。」
その達成感があったからです。
月曜日、仕事へ
月曜日は通常どおり出勤しました。
会社の寮から職場までは徒歩で2〜3分。
デスクワーク中心だったので、大きく腕を動かすこともありません。
ただ、仕事中はアイシングができません。
「ああ、今は冷やせないな。」
そんなことを考えながら仕事をしていました。
定時になると、寄り道もせず真っすぐ帰宅。
家に着くと、また保冷剤を当てて横になる。
その繰り返しでした。
帰宅して、思わず声が出た
会社から帰ると、いつものように服を脱ぎました。
そして、無意識にインナーの脇を見ます。
これは何年も続いていた習慣でした。
「今日はどれくらい汗ジミができているだろう。」
学生の頃から、毎日のように確認していたからです。
でも、その日は違いました。
汗ジミが、一滴もありませんでした。
思わず、
「おぉ……。」
と声が出ました。
35万円。
当時の私にとっては、とても大きな買い物でした。
でも、そのインナーを見た瞬間、
「35万円かけた甲斐があった。」
そう思いました。
人生が劇的に変わる。
そんな大げさなことではありません。
でも、
「好きな服が着られるかもしれない。」
そんな未来が、初めて現実味を帯びた瞬間でした。
制汗剤を付けない毎日が、うれしかった
施術直後は、汗だけでなくニオイもほとんど気になりませんでした。
だから、しばらくの間は制汗剤を使わずに生活していました。
これまで毎朝のように使っていた制汗剤。
それを付けなくても外へ出られる。
そのことが、何よりもうれしかったのを覚えています。
もちろん、ミラドライは汗が永久にゼロになる治療ではありません。
その後、少しずつ汗は戻ってきました。
現在38歳の今では、施術前を100%とすると汗の量は約20%ほどです。
今でもAGなどの制汗剤は使っています。
でも、それは昔とは意味が違います。
以前は、
「汗を隠すため。」
今は、
「身だしなみとして。」
同じ制汗剤でも、使う理由は大きく変わりました。
今だから思うこと
多汗症だった頃の私は、毎日インナーを確認していました。
汗ジミがあるか。
黄ばんでいないか。
誰かに気付かれていないか。
それが当たり前の日常でした。
でも、ミラドライを受けたあの日から、その日常は少しずつ変わっていきます。
帰宅してインナーを見ることは、もう「怖い時間」ではありませんでした。
汗ジミがない。
たったそれだけのことなのに、心が軽くなったのを今でも覚えています。
研究結果
痛みレベル
★★★☆☆(3/5)
日常生活への影響
★★★☆☆(3/5)
汗の変化
★★★★★(5/5)
感動レベル
★★★★★(5/5)
この日の学び
ミラドライで変わったのは、汗の量だけではありません。
毎日当たり前のように感じていた不安が、一つ減りました。
そして、「好きな服を着たい」という、小さな夢が現実に近づいた一日でした。
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